過去とは何か?


過去があるから現在があるのか?

過去は存在するのか...?

そんなことを考えてみる。

過去は触れないし、変えることができない。直接みることもできないもの...?


『歴史』はどうだろう。

帝国軍と反乱軍が戦争をしているあの映画。

反乱軍が描くストーリーではルークやジェダイがヒーローだ。

しかし帝国軍からすると皇帝がヒーローで反乱軍は悪となる。

あの戦争で反乱軍が皇帝を倒したら歴史を語るのは反乱軍になり

帝国軍が勝ったならば、帝国が歴史を語ることになる。

過去は語り手によってどのようにも変えられる。

誰が悪政をしたとでもいえるし、反乱軍が卑劣だったとも語ることができる。

勝者が作り変えることのできる物語とでも言っておこう。

そういえば『ハン・ソロ』の4DX版見れなかった。一日おそかった...

『過去に起こったできごとを勝者が語るストーリー』

ぼくらの頭の中にある過去も同じだ。

記憶の中にある過去とは単純に起こった出来事の記ではなく、

出来事に感情という色をつけてできるストーリーである。

過去という出来事に意味があるのではなく、

どのように意味づけするかに意味があるのだ。

そういう意味では現在につながる原因としては、過去には意味はないとも言える。

事象をどのように捉えるかは人間次第で、

良い事とも悪い事とも色づけるすることができる。

この前、授業中に「暑すぎるから洞窟に行きたい」って話をしていたんだ。

ここからだったら『あぶくま洞』がいいよね。きれいに整備された大きい鍾乳洞で

内部の気温は年間を通して15℃くらいなんだよね。

夏には洞窟は涼しいと感じる。

けれど、冬になったらどう感じる??

15℃って暖かくないかしら。

事実は15℃であるってこと。

それを暖かいと意味づけるか寒いと意味づけるかは人間次第だ。

しかもこの場合、同じ人間が評価しても、異なる評価になる。

人間が語る過去や経験はとても曖昧なものだ。

今自分がどうしたいか、どのようになりたいかで自由に過去に意味づけをするとよい。

つらい過去ばからいを語る人は、被害者でいたいのだ。

被害者だからいまの自分がこんなのでも自分は悪くない、と。

過去の意味づけは自分の糧になるようにね。