継続的な努力のコツはゾンビだ


努力を続けることで成功の可能性を上げていく。

ぼくたちは才能が成功と直結しないことを経験的に知っているのだ。


ぼくは柔術を練習しているがどういうわけか「才能のある人」は努力を続けることができない。才能のある人は最初の1、2年は周りから見るととてつもなく速いスピードで成長していくが、3年くらいすると道場にいない人が多い。

努力を続けることを続けることができる人がそのフィールドに残り、成功する可能性を高めていくのだ。

たとえ才能があったとしても努力を続けることができなければ成功はできない

そして、才能と努力を継続する力は両立しない関係性のような気がする。トレードオフの関係だ。なんでだろうか??

スポーツでいうと、ちょっとの努力で急激に伸びる人は負けることに慣れていない

始めたての頃はカンタンに勝ててしまうからとても大切な経験である、「負ける経験」ができていないのだ。

結果として、負けると才能や存在自信を否定されるような恐怖に陥ってしまい、負けることへの恐怖からチャレンジ精神を失うことになる。

逆に負けることに慣れている人は、負けても負けてもそこから学び、何度でもチャレンジすることができる。そしてその競技を続け続けることができるようになるのだ。

勉強はどうだろう。瞬発力がある子とない子は確かにちがう。だがそれは不利にも有利にもならないと思う。瞬発力のある子は一気に伸びるので、部活を終えた後からの何か月かで入試の難易度にまで近づくことができるかもしれない。

瞬発力がなくても継続できるなら、高校に入った時からすぐにコツコツと勉強をつづけていく作戦をとればいいのだ。浪人を1年することも視野にいれて、医学部を目指すのも悪くはないと思う。

ぼくには残念ながら「すばらしい才能」というものがない。

だからゾンビのような人間になりたい。

なんど倒されても起き上がって雑念に負けずにまた進んで行けるような精神力。

そのフィールドの人間がいなくなるまで、立ち上がってゆっくりだけど進むのだ。

ゾンビってなにも感がえずに進み続けることができそうだもんね。

「これを続けてどうなるんだ?」とか結果が分かってしまうと進むことを躊躇してしまう。ぼくがこのまま努力を続けたからと言って世界一の経営者になる可能性は0.1ミクロンもないだろう。

けれど、ただ、「これが楽しいから」という理由で進めるのが素敵じゃない?

人生に目標って本当に必要なんだろうか...?頑張っているときに「なにを目指してんの?」って聞かれることがあるけれど、そんなときは自信を持って言いたい。

なにも目指していない、目標をもたないことは悪いことではない。

ただ楽しいから続けているんだ。ぼくは人生を楽しんでいる。と。


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